« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月の7件の記事

2011年12月31日 (土)

FF13-2とスカイリム

あらゆる物事には差異があり、それと同程度には類似点がある。

例えばFF13-2とスカイリム。

この二つのゲームには同じような "おつかい" が多々見られる。つまり "これ" を "あちら" へ届けてくれ、という類いの物だ。

同じように見える "それ" に対して、かたや退屈で、かたや愉快、というまったく違う印象を抱く理由は、その在り方、フィールドの存在。

決してグラフィックやロードの有無や時間の問題ではない。

例えば、FF13-2のフィールドは限定されている。あるフィールドから、また違うフィールドへ向かう為には、一度メニュー画面へ戻り、選択し直さなければならない。

これの何が駄目であるかというと、横道へそれ辛いという事。それが "おつかい" というモノが本来持つ義務感を増大させる。つまりこれは一階の台所から二階の部屋まで手紙を届けに行くようなモノ。その道中には階段しかないのだから面白い訳が無い。限定された物を限定された空間に届けにいくのだから、楽しさよりも倦怠感が勝つ。

例えばスカリムの "それ" は一丁目にある自宅から、二丁目の田中さん宅までのおつかい。家から出て、外へ向かう。当然その道中には花や虫、人や動物、さまざまな景色があり、そこへ寄り道が出来る。だからクエストと称される "おつかい" の持つ義務感を忘れ、楽しむ事ができる。それを体現し支えているのがオープンフィールドである事。

だから同種のおつかいであっても、異なる印象を抱く。

FF13-2が悪いわけではなく、マッチングが悪い。その相性が悪い。それが美麗なグラフィックや戦闘の楽しさ、モンスターのカスタマイズといった素晴らしい面を打ち消してしまう。

一方でスカイリムのようなオープンフィールドのゲームは、本来の目的を忘れさせ、FF13-2の前作F13のようなストーリー面を押し出し印象付ける事には向いていない。

あるシステムが駄目なのではなく、ある目的の為には、どのようなシステムが必要なのか、そしてそのシステムがプレーヤーに対し、どういった影響を与え、どんなシステムやフィールドが最適なのか。

こういった事に敏感でなければいけない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月26日 (月)

その男、凶暴につき ばかやろう ★★★☆☆

その男、凶暴につき / Violent Cop / 北野武 / 日・1989年 / 103分 / 製作費 ¥4億6000万 / 興行収入 ¥7億8000万

20111226_174546

非常に計算されている。

冒頭から "そう" だし、他にも屋上から宙吊りになった男を前に清弘がナイフを出す事が分かるように、ガサ入れの時に逃げた男を轢くのも、妹とヤッた相手を階段から落とす事も、その前のシーンやショットから、分かる。

例えば我妻が死んだ際に、撃ち殺した相手が一度ライトを点けてまた消したのは、その撃った男の顔を観客に見せる以外にも理由があるし、さらには我妻が倒れた位置すら、あの場所でなければならない。

そして、ラストの妹を射殺する事を褒める奴は二流だ。あれは撃ち殺すしかありえない。つまりそうしなかった場合が阿呆であり、当然、北野は間抜けではない。

という事が分からない人間は語るべきではないし、これは個人の趣味趣向の話ではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スティング ★★★★★

The Sting / Geroge Roy Hill / 米・1973年 / 129分 / 製作費 不明 / 興行収入 $1億5600万

20111226_92438

「テーブルを見渡して、カモが一人も見当たらなかったら、カモが一体誰なのか、答えは明らかである」

今回のカモはロネガンであって、それを主人公達+観客が騙す。が、実はロネガン←観客←主人公達となっていて、ロネガンはカモではなく、カモを誘き寄せる為のエサであって、私達 "観客" こそがカモであった事が最後に判明する。

そして、それは全てを見ている観客という状況を巧く利用して行われる。

FBIに脅されているロバートレッドフォードを見ている私達 "観客" は、あたかもそれを知らないように描かれているポールニューマンよりも一段上に立ち、そのポールニューマンは当然ロネガンよりも一段上に立っている。

つまり、ロネガン←ポールニューマン←ロバートレッドフォード←FBI、そしてこれらを全て見ている私達となっている。

ロネガンが知らない事情をポールニューマンと私達は知っていて、ポールニューマンが知らない事情をロバートレッドフォードと私達は知っていて、そのロバートレッドフォードを脅すFBIといっ状況も見ている私達。

観客は "すべてを見ている私達が騙されるはずが無い" と思う。これこそが最も騙しやすいカモであり、騙される理由になる。

そしてその高みにいると思っている私達を騙す手法が、下層に位置するロネガンを騙す手法と全く同じで、だから不快感は抱かず、素直に "やられた" と思える。

ロネガンはありもしないノミ屋を信じ、観客は居もしないFBIと映画を信じて、見事に騙される。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月11日 (日)

マーキュリーライジング 絵に描いた餅 ★★☆☆☆

Mercury Rising / Harold Becker / 米・1998年 / 108分 / 製作費 $\6000万 / 興行収入 $9300万

20111211_103912

自閉症のサイモンは、いわゆるサヴァン症候群に当たる。とてつもない記憶力や暗算、有名なところ
では日付を告げればそれが何曜日であるかを瞬時に特定することが出来るなど。

こういったカレンダー計算はサヴァン症候群でなくとも出来る人間は多いが、今作のサイモンは自閉症の中でも数少ないサヴァン症候群の中で、さらに希有な能力な持ち主で、同じような事が出来る人間、すなわちマーキュリーという難攻不落の暗号を、それも目視で解読出来るのは世界でも間違いなく彼一人という状況だろう。

それはタイトルにある "Mercury" という言葉。訳せば水星だが、これは端的に言うと賢さ、知性という意味だ。つまりそのままの名で出てくる暗号とサイモンの事だ。マーキュリーは他の暗号と、サイモンは他の子供とは違う、賢さ。

そしてその違いが命を狙われる原因であって、彼だけに固有する。だから彼さえ殺せば、すでにマーキュリーを土台に稼働しているシステムは安定を保つ。

という事が前提で分からなければ理解できない。それになぜ主人公がこの子を守ろうとしているのかは冒頭で、そして幾度もフラッシュバックで提示されている。すなわち贖罪だ。

と、こういう風に述べるとキッチリしてるように見えてるが、そもそもパズル雑誌に載せるのは良いとしてもそれは試験段階でやっとけよとか、しょっぱなから暗殺者の間抜けさとか、目的は子供であるのに、玄関を入ってすぐに両親を殺し、そのせいで子供に気付かれ目的を果たせずおめおめと逃げ帰る馬鹿さ。阿呆じゃなければ子供を確認してから銃を抜き両親を殺すべきだし。

そして「降格されても居残ってやる」という前フリ通りにブルース・ウィリスが事の最中、平警官として巡視に来るなりすれば良い。

その上で子供という足枷を負っての逃走劇になれば映画として保てたと思うが、ある地点からはその大事な重荷さえも預ける始末。

そういった訳で、子供と歩む前半部分まだ見れる。特に学校から帰ってくるサイモンを出迎える母親のシーンは素晴らしいが、冒頭の主人公を無視した突入による子供の死を受け指揮官にキレるウィリスという大事な場面において、ウィリスが子供の死を看取った後はカットを割ってしまう、つまり怒りが切断されたのが非常に残念だ。後半の "いい人" との口喧嘩はそれなりに持続させたのに、なぜこちらは切ってしまったのか。

さらにラストの高層ビルの背景は合成のように見えるし、なにより高さが撮れていない。サイモンがビルの縁に立っていて「危ないっ!!」という場面なのに横から水平に撮るから、高さが見えず、これはコントか何か?下はすぐに地面やろ的な疑惑が付きまとう。

他にもいろいろとあるがもう面倒くさいので、数少ない良かった所を挙げれば、ワインセラーでボスと対峙した場面は少し面白かった。もっとワインを割りながら飲酒し対話をしていればなお良かった。それぐらい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あれから二年、まだ二年、すでに二年が経った

すべてが速すぎる。それは単体でも全体でも。

ロナウドはボールを持ったらすぐにスペースに逃げる癖をやめない限りクラシコでは永遠に活躍は出来ないだろうし、それはディマリアも同じ。彼の仕掛けは必要だが、とにかくボールを持ったら前へ前へ、そして無駄なロストを重ねる事をやめなければ、その献身性も気泡となってしまう。

とにかく速い。レアルの選手は皆、上下に動け、強く、速いがそれを持ってしても、ボールを奪ったら即前へ、そして無理矢理にでも放り込み、中へ入れ、失っては後ろへ戻る。そんな事を繰り返せば体力は消耗するし、プレーの精度は分ごとに落ちていく。特にクラシコでは普段以上に顕著だ。

それはバルセロナがポゼッションを主軸にしたフットボールを武器に戦うのに対し、レアルは "カウンター" という言葉だけに捕われ戦っている。まるでそうでいなければならないように。

誰もカウンターという武器、縦への速さを捨てろ、というのではなくそれを主軸に、無理なら次はポゼッションという、当たり前の事、それが出来ない。

あまりにも速すぎて選手すらついてはいけない。

例えばレアルの一点目のキッカケであったバルサのGKを含めたボール回しをレアルは出来ない。ラモスまでボールが戻ると十中八九前に蹴り出す。それはカシージャスまで行くとどうなるかが分かっているからだ。だがもうそれでは戦えない。とはいえカシージャスを外す訳にはいかない。折角セルヒオ・ラモスという若く強くそれでいて繋げる素晴らしいCBがいる。今日もバックパスがほぼ禁止といってもよい状況で何度も苦しいながらも味方に繋げていた。だが個だけでは到底バルセロナには届かない。

前からプレスをかけられた際のボール回し、アロンソを押さえられた場合など、チーム全体としてどうポゼッションをしてゆくのか。ずっとなおざりにしてきたが、もう気付いていないフリをやめて考えなければいけない。

この点を改善しなければモウリーニョ政権下では永遠にバルセロナには勝てない。一年目とは違う、もう二年だ。

苦しい敗戦だが、重要なのはリーガを失った訳ではない事。とりあえずは未消化分の一節をきっちりと勝ち、さらにはカンプノウまでに勝ち点4を重ね、変えるべき事を変え、再び挑戦すれば良い。

次はチームとしての幅と自信を持って、それは前へ縦へ速くというモノに対する固執ではなく、誰もロナウドのドリブルに期待などしてはいない、彼の引き出しの多さが、今の地位を築いてきたように、速い攻撃を内包した鋭さと柔軟さを持ち合わせ、次は戦ってほしい。

今のチームならば十分に出来る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月10日 (土)

THE TIME has .......

来る2010年5月31日にジョゼ・モウリーニョがレアル・マドリードの監督に就任した。彼と共に勝利の二文字を背負ったレアル・マドリードは、その名に相応しくリーガを12戦10勝2分という無敗で過ごし最初のクラシコを迎える。

モウリーニョはカシージャス、ラモス、ペペ、カルバーリョ、マルセロ、ケディラ、アロンソ、エジル、ディマリア、ロナウド、ベンゼマを率い意気揚々とカンプノウに向かった所、開始10分のシャビを皮切りにペドロ、ビジャさらにはジョフレンにゴールをお見舞いされ、まさかの0-5という衝撃的な敗戦を食らう。

その一戦の後、メンバーを入れ替え戦術を変え、バルダーノとの権力闘争に勝利し、7つの対戦を重ねた成績は1勝3分3負。この1勝はメスタージャでの国王杯。そしてベルナベウでは2分1負、未だ勝利なし。さらには7つの内5試合で5人の退場者を出したレアルマドリード。

全7試合で21のゴールが生まれレアルが7、バルサが14。

ペルナベウでは6が生まれ、レアルが3、バルサも3。

カンプノウでは12でレアルが3、バルサが9。

内訳は

ロナウド3、マルセロ2、エジル1、アロンソ1。

メッシ6、ビジャ3、ペドロ3、シャビ1、イニエスタ1、ジョフレン1。

そしてあの1戦から1年後の2011年12月10日に、すなわち今日行われるクラシコの大方の予想はカルバーリョとラスが入れ替わり右サイドに入る以外はあの一戦とほとんど同じメンバー。

違うのは1年という時間と場所。

ベルナベウにバルセロナを迎え撃つクラシコまであと8時間。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月 3日 (土)

SPACE BATTLESHIP ヤマト ☆☆☆☆☆

SPACE BATTLESHIP ヤマト / 山崎貴 / 日・2010年 / 138分 / 製作費 ¥20億 / 興行収入 ¥40億

20111203_122800

3分だけ見た。チャンネルを変えたらwowowでやってたから3分だけ見た。日本のマイケル・スコフィールドこと池内博之が死ぬ場面の前後3分ぐらい。だから終盤だと思う。

もうね、音楽が遅れている。今の速さに付いて行けてない。遅すぎる。悪い意味で凄く日本映画だなって感じた、その一瞬だけで。ここで感動してねっていう。もうあそこまで露骨過ぎると興ざめするだろうに。わざと古臭く、陳腐に見せたいのかと思うぐらい酷い。オマージュか?ファンなら涙物の音楽なのか?その当時で止まっているぐらい、つまり20〜30年。

音楽単体の質の問題ではなく、どの場面にどういった音を差し込むか、それが映画にどう影響し、見ている者に何を与えるのか。それに無関心。

評価はなし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »